2024-07-01 素晴らしきソリボ、魔法としての「言葉」
昨日あたり『素晴らしきソリボ』がようやく滑り出して、また「言葉」というものについて考えている。 言葉のことを私の経験の中なりに色々思いを巡らしてきたと思うけれど、どれもが今やっと得た気づき(とか、これからもそれを塗り替えたり、忘れたり、再発見するんだろうとおもうけど)につながっているんだろうな。
SNSへの期待とか、失望とか、フランスに来て別の言葉で読んだこと、母語じゃない言葉で書かれたものを読んだり、全然言葉が聞き取れなかったり、母語でさえ通じないんだと痛感したり、言葉ではない層のような部分に降りて話している感覚になったり、同じものを見ていると勘違いしたり、別の表現が同じものを指していると気付いた喜びとか、いろいろ。アパートメントでいろんな言葉を読ませてもらっていたこともきっと大きい。
言葉を読む(本を読む)ことが好きだけれど、それは言葉のない世界に染み出してゆける感覚が持てるということも一因なのかもしれない。どの本にも起こりうることじゃない。今読んでいる本はそのひとつ。そういうものには #境界/越境 とつけてみることにした。